紙漉沢村(読み)かみすきざわむら

日本歴史地名大系 「紙漉沢村」の解説

紙漉沢村
かみすきざわむら

[現在地名]相馬村紙漉沢

相馬川が岩木川に合流する地点の西に位置する。北は岩木川を隔てて如来瀬によらいせ(現岩木町)、東は五所ごしよ村、南は坂市さかいち村、西は山越え吉川よしかわ(現弘前市)と接する。

天文年間(一五三二―五五)の津軽郡中名字に紙漉沢とある。紙漉沢の地名は南朝第三代長慶天皇がこの地に潜幸の折、供奉して来た高野山遍照光へんじようこう(現和歌山県伊都郡高野町)の僧秀明が紙の製法を伝えたことに由来するとされている。元和七年(一六二一)の八十三騎のなかに当村の与四郎・市右衛門がみえ(津軽一統志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報