日本歴史地名大系 「紙漉町・紙漉町横町」の解説 紙漉町・紙漉町横町かみしきまち・かみしきまちよこまち 山形県:鶴岡市鶴ヶ岡城下紙漉町・紙漉町横町[現在地名]鶴岡市大東町(だいとうまち)・苗津町(なえづまち)紙漉町(現大東町)は御徒(おかち)町から東へ延びる羽黒街道沿いの給人町。御中間(おちゆうげん)町の南にあたり、町名は「かみすき」ともよばれた。ほぼ中央南北の道沿いの紙漉町横町が寛文一二年(一六七二)の屋敷取立てとされるから(筆濃余理)、寛文年間以前の町割と推定される。延宝六年(一六七八)の城下絵図では御足軽町九八間・三〇間とあり、文政四年(一八二一)頃の城下絵図ではカミスキマチとある。道沿いに延命地蔵・湯殿山碑などが残る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by