累地村(読み)るいちむら

日本歴史地名大系 「累地村」の解説

累地村
るいちむら

[現在地名]様似郡様似町字岡田(おかだ)

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治一五年(一八八二)までの村。様似郡の西部、様似川の中流域に位置し、南の逢牛(あいうし)村から八町、北東の二七(になな)村まで七町で、西は浦河(うらかわ)郡杵臼(きねうす)村(現浦河町)に接する(「日高国地誌提要」、「様似村旧大字図」様似町史、「改訂様似町史」など)。近世の史料にルチシホクとみえる地などからなり、「戊午日誌」(志也摩尼誌)によると、「ルチシホク」から西のウラカワ場所方面に通じる山越道があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 戸口 浦河

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む