新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「細野次郎」の解説 細野 次郎ホソノ ジロウ 肩書衆院議員(亦楽会) 生年月日慶応3年(1867年) 出生地上野国伊勢崎(群馬県) 経歴東京帝国大学選科で法律を学び、明治23年郷里伊勢崎に商業銀行、また鉱山業を経営した。35年以来群馬県から衆院議員当選3回、中立議員として活躍。日露戦争開戦前に対露同志会の一員として開戦を主張、のち日露講和条約締結反対を唱え、38年9月5日の非講和国民大会が一転して日比谷焼打事件に発展するに及び、投獄された。のち無罪となり、長く東京日本橋に住んだが、任俠の人として“上州長脇差”といわれた。 没年月日大正5年6月15日 出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「細野次郎」の解説 細野次郎 ほその-じろう 1862-1916 明治-大正時代の実業家,政治家。文久2年8月生まれ。郷里群馬県伊勢崎に商業銀行をおこし,また鉱山業をいとなむ。群馬県会議員をへて,明治35年衆議院議員(当選3回)。日露講和条約締結に反対する日比谷焼き打ち事件では指導者として活動。大正5年6月15日死去。55歳。帝国大学卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by