経田庄(読み)きようでんのしよう

日本歴史地名大系 「経田庄」の解説

経田庄
きようでんのしよう

遺称地などはなく、比定地は未詳。庄名の読みも確定できない。建長二年(一二五〇)一一月の九条道家初度惣処分状(九条家文書)に宣仁門院領としてみえるのが唯一の所見。宣仁門院は九条教実長女彦子のことで、四条天皇の皇后。当庄は仁治三年(一二四二)正月九日の四条天皇の死去後、その仏事供養を賄うために新立された庄園で、天皇の墓所が設けられた泉涌(せんにゆう)寺(現京都市東山区)の供僧護摩用途に充てられた。当庄は遅くとも天皇の没年の二、三年後には成立したものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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