絹見村(読み)きぬみむら

日本歴史地名大系 「絹見村」の解説

絹見村
きぬみむら

[現在地名]青谷町絹見

長和瀬(ながわせ)村の南方、長和瀬川の最上流域、伯耆国境の小盆地(絹見盆地)を占める。西方は伯州河村(かわむら)郡筒地(つつじ)村(現泊村)。南東の山中に千龍寺(せんりゆうじ)、筒地村寄りに引地(ひきじ)の枝郷がある。永禄七年(一五六四)一月一九日の山名豊数安堵状(中村文書)によると、「勝部之内きぬミ中嶋分弐町」が中村鍋法師丸に安堵されている。藩政期の拝領高は二一六石余、本免は五ツ。藪役銀七匁一分一厘が課せられ(藩史)、本郷氏・中山氏、東館家家臣梶川氏の給地があった(給人所付帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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