綿代郷(読み)めてごう

日本歴史地名大系 「綿代郷」の解説

綿代郷
めてごう

和名抄刊本は「綿」を「緜」とする。高山寺本・刊本とも訓を欠く。貞観一五年(八七三)の広隆寺資財帳(広隆寺文書)広隆こうりゆう(現右京区)の所領を記して

<資料は省略されています>

とあって、注記から平安京の造営により、この頃「牛養里」は京内に取込まれたが、その地の四至の北限が綿代郷戸主の秦前大角の田であったことが知れる。ここから綿代郷の地域を確定することはできないが、常識的には牛養里に北接していたことが推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む