能行村(読み)のうぎようむら

日本歴史地名大系 「能行村」の解説

能行村
のうぎようむら

[現在地名]小倉南区長行おさゆき長行西おさゆきにし一―五丁目・徳吉西とくよしにし一丁目・徳吉南とくよしみなみ三丁目

長尾ながお村の西、むらさき川の中流左岸にある。東を内尾うちお川、西を小畑おばた川が流れる。往古北東の徳力とくりき村に属したという。地名は納経に由来するとも(企救郡誌)高野たかの城主高野能行の居宅があったためともいう。永禄(一五五八―七〇)末頃とされる正月一六日小早川隆景・吉川元春連署書状(佐賀文書纂/大日本史料一〇―一)によれば、麻生隆実の筑前国馬見うまみ(現嘉穂町)在番を調法した小田村備前守に「規矩郡之内能行村」の二五町が預けられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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