…帰路ではアジア・アフリカの植民地・半植民地化の実態をかいま見た。この使節団の回覧の背景には,近代ヨーロッパ文明への信仰と,対するアジアの未開という判断があったが,アジアのなかの日本は,ヨーロッパ化=近代化の能力をもつという自負がこめられており,こうした発想がその後の日本の〈脱亜入欧〉=近代化の思考様式となり,かつアジアへの優越感となっていった。だが,日本近代化の第一歩において,明治政府の首脳が,米欧の地を実地に踏み,詳細な研究・調査をしたことは,その後の近代天皇制国家の構築に大きな影響を及ぼしているとみられている。…
※「脱亜入欧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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