臼井田町(読み)うすいたまち

日本歴史地名大系 「臼井田町」の解説

臼井田町
うすいたまち

[現在地名]佐倉市臼井田うすいだ八幡台はちまんだい一丁目・南臼井台みなみうすいだい稲荷台いなりだい一―四丁目

印旛いんば沼の南岸に位置し、西・南は臼井村・臼井台町、東は江原えばら新田村角来かくらい村。もとは臼井村に含まれたが、「寛文朱印留」に葛飾かつしか郡としてみえる「田町村」が当村にあたり、佐倉藩領であった。貞享三年(一六八六)には臼井村のうち当村にあたる田町分は佐倉藩領二三〇石余・旗本弓気田領一八六石余で、ほか円応えんのう寺領二〇石があった(松戸家文書)。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分には臼井田町とみえ、高四五六石余(円応寺領を含む)で、佐倉藩領。以後幕末まで同藩領。寛保二年(一七四二)の臼井三ヶ村印旛沼流作場御案内書(印旛郡誌)では高四四七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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