興元寺(読み)こうげんじ

日本歴史地名大系 「興元寺」の解説

興元寺
こうげんじ

[現在地名]徳山市大字徳山 一ノ井手

ひがし川の東岸山寄りにある。曹洞宗、万徳山と号し、本尊薬師如来。

野上のがみとよばれたこの付近一帯の領主杉元相は、菩提所建立のため、同地にあった浄福じようふく寺の智蔵全伯禅坊に寺領として佐波さば植松うえまつ(現防府市)一〇石の地と、祠堂米三〇石を付けて新寺建設を依頼した。その時の文書に次のようにある(「寺社証文」所収興元寺文書)

<資料は省略されています>

元亀四年(一五七三)八月には興元寺の制札を掲げ、翌天正二年(一五七四)七月水月すいげつ道場建立の棟札を打って創建した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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