舞崎村(読み)まいざきむら

日本歴史地名大系 「舞崎村」の解説

舞崎村
まいざきむら

[現在地名]敦賀市舞崎町・舞崎二丁目・天筒(てづつ)町

敦賀町の南東、天筒山の南麓に位置する。永禄元年(一五五八)六月五日付善妙寺領目録(善妙寺文書)に「前崎」とみえる。氏神は気比(けひ)神宮境内角鹿(つぬが)神社で、「敦賀志」は「此村中古津内村より分れ出たれハ、当社を氏神とせり」とする。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では敦賀町高一千五一二石余に含まれ、正保郷帳で舞崎村と出、田方一〇八石余・畠方一〇石余。享保一二年(一七二七)には庄屋太郎右衛門(持高二二石余)、牛馬銀一二匁余、新山手銀一九匁余、雉子札一匁、馬足四、牝馬三、瓦焼運上銀二五匁、家数八(うち高持七・無高一)、人数四五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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