芋作村(読み)いもつくりむら

日本歴史地名大系 「芋作村」の解説

芋作村
いもつくりむら

[現在地名]天瀬町出口(いでぐち)

出口村に囲まれるように立地する。慶長六年(一六〇一)の予州替地御知行所目録(佐伯藩政史料)および同七年の玖珠郡・日田郡御蔵入目録(同史料)では五馬(いつま)庄の内とみられる。正保郷帳に村名がみえ、田高二九石余・畑高四三石余。寛文四年(一六六四)の小川代官支配高帳(長野家文書)では免三ツ一分八厘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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