芥川光蔵(読み)アクタガワ コウゾウ

20世紀日本人名事典 「芥川光蔵」の解説

芥川 光蔵
アクタガワ コウゾウ

昭和期の映画監督,記録映画作家



生年
明治17(1884)年

没年
昭和16(1941)年7月16日

出生地
愛媛県今治市

学歴〔年〕
同志社大学英文科卒

経歴
満州に渡り、満州日日新聞社、満鉄鉄道部営業課などを経て、昭和3年大連の満鉄映画製作所に入り、中心メンバーとして映画製作を始めた。第1作「満州を拓く者」など、満州事変から満州建国への時事記録や鉄道建設記録を撮る。一方、10年から15年にかけモンゴルのラマ祭り「ガンジェール」、「草原バルガ」「アルグンのカザック」「秘境熱河」「娘々廟会」と、農民の民俗行事や風物詩情豊かに描いた。のち満州映画協会(満映)設立で、強引な形のこの国策映画製作所への移籍により、不本意な日々を送った。ノモンハン事件後の17年「満蘇国境確定」という時局映画が最後の作品となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「芥川光蔵」の解説

芥川光蔵 あくたがわ-こうぞう

1884-1941 昭和時代前期の記録映画作家。
明治17年生まれ。昭和3年満鉄映画製作所長となり,「満州を拓(ひら)く者」「ガンジュール」など満州(中国東北部)やモンゴルの自然・風俗などの記録映画をおおくのこした。満州新京(現長春)で昭和16年7月16日死去。58歳。愛媛県出身。同志社大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む