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荻野朝忠 おぎの ともただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荻野朝忠 おぎの-ともただ

?-? 南北朝時代の武将。
丹波氷上郡(兵庫県)葛野(かどの)荘の地頭。はじめ千種忠顕(ちぐさ-ただあき)に属し,六波羅を攻撃する。建武の新政の失敗後は丹波守護仁木頼章にしたがい,北朝方としてたたかう。貞和(じょうわ)元=興国6年(1345)児島高徳らと足利尊氏に反して挙兵したが敗れる。文和(ぶんな)2=正平8年(1353)楠木正儀(まさのり)の京都進攻に対し高師詮(こうの-もろあきら)にしたがってたたかい,以後の消息は不明。通称は彦六。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

荻野朝忠

生年:生没年不詳
南北朝時代の武将。丹波国人。『太平記』に「丹波国の住人荻野彦六朝忠」,あるいは「荻野尾張守朝忠」とみえる。正慶2/元弘3(1333)年後醍醐天皇船上山に挙兵したとき,国人を率いて参陣。左近衛中将千種忠顕に従って六波羅を攻撃したが敗れ,児島高徳らと共に丹波高山寺城に拠った。足利尊氏の篠村挙兵後,仁木頼章の配下に入る。貞和1/興国6(1345)年尊氏と対立し,児島高徳,新田義貞らと兵を起こした。貞和4/正平3年,高師直 に属し四条畷で楠木正行と合戦。文和2/正平8年6月に楠木正儀と戦って敗れ,以後の動静不明。

(森田恭二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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