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千種忠顕 ちぐさただあき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

千種忠顕
ちぐさただあき

[生]?
[没]延元1=建武3(1336).6.5. 西坂本
南北朝時代の武将。建武政権の参議左中将。元弘2=正慶1 (1332) 年後醍醐天皇の隠岐配流に従った。翌年天皇とともに伯耆へ脱出,赤松則村足利尊氏らとともに六波羅を攻め滅ぼした。その功により従三位,参議左中将となり,知行国3国を与えられ,雑訴決断所寄人に任じられた。

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デジタル大辞泉の解説

ちくさ‐ただあき【千種忠顕】

[?~1336]鎌倉末期の廷臣。元弘の変で捕らえられ、後醍醐天皇とともに隠岐(おき)に配流。のち、隠岐を脱出して、足利尊氏(あしかがたかうじ)らと六波羅攻めに参加。尊氏の離反後、足利直義と戦って敗死。

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百科事典マイペディアの解説

千種忠顕【ちくさただあき】

南北朝期の公家。父は六条有忠後醍醐(ごだいご)天皇に近侍し,後醍醐の隠岐配流にも随行した。建武政権では従三位,弾正大弼(だんじょうのだいひつ),参議のほか,3ヵ国の国司にも任ぜられるなど勢威をふるい,三木一草(さんぼくいっそう)のひとりに数えられた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

千種忠顕 ちぐさ-ただあき

?-1336 鎌倉-南北朝時代の公卿(くぎょう)。
六条有忠(ありただ)の子。伊勢千種氏の祖。元弘(げんこう)の乱で隠岐(おき)に流された後醍醐(ごだいご)天皇にしたがう。正慶(しょうきょう)2=元弘3年足利尊氏らと六波羅(ろくはら)を攻める。建武(けんむ)政権では従三位,参議として雑訴決断所寄人(よりゅうど)などをつとめる。建武3=延元元年足利直義(ただよし)軍と近江(おうみ)(滋賀県)でたたかい6月7日死去。

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朝日日本歴史人物事典の解説

千種忠顕

没年:建武3/延元1.6.7(1336.7.15)
生年:生年不詳
鎌倉末・南北朝期の公卿。父は六条有忠。忠顕の代になり千種氏(千種は伊勢の地名)を称し,忠顕が伊勢千種氏の祖となる。後醍醐天皇の廷臣で,「三木一草」のひとりとして知られる。蔵人頭,左近衛中将,弾正大弼,丹波守などを歴任し,参議となる。後醍醐天皇の信任が厚く,元弘の乱(1331)に際しては天皇に従い笠置山に立て籠もって忠勤した。しかし,笠置落城後は佐々木(京極)高氏のもとに拘禁される。正慶1/元弘2(1332)年天皇は隠岐島へ流罪となり,忠顕もこれに従った。翌年,天皇は隠岐島を脱出,名和長年に奉ぜられ,伯耆(鳥取)船上山を本拠とした。同年,官軍の六波羅攻撃が開始されると,忠顕も勅命を受け兵を率いて赤松則村,足利尊氏らと共に攻撃に加わり,天皇入京に際しては,千余騎を率いて供奉する。建武の新政が開始されると,雑訴決断所の寄人となり,また丹波国など3カ国の知行国主になるなど,その栄達はめざましかった。建武3/延元1(1336)年,万里小路宣房と共に出家。だが同年,足利尊氏の離反によって建武政権が崩壊すると,比叡山に逃れた天皇を守り転戦したが,近江国(滋賀県)西坂本で足利直義軍と戦い戦死した。<参考文献>『村田正志著作集』7巻

(小森正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ちぐさただあき【千種忠顕】

?‐1336(延元1∥建武3)
南北朝期の公家。久我(こが)家の出で後醍醐天皇の側近として仕え,元弘の乱には天皇の隠岐配流にも同行した。建武政権では従三位,弾正大弼,参議のほか,3ヵ国の国司にも任ぜられて大いに威勢を振るった。建武政権が瓦解するや,足利尊氏と戦って一度は敗走させたが,1336年足利直義の軍と西坂本で戦い討死した。【清田 善樹】

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大辞林 第三版の解説

ちぐさただあき【千種忠顕】

?~1336) 南北朝時代の公家くげ。後醍醐天皇の側近。元弘の乱で天皇とともに隠岐おきに流され、脱出後、伯耆ほうき船上山せんじようせんに挙兵。六波羅を陥れ建武政権で参議となるが、近江西坂本で足利直義軍と戦って戦死。

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世界大百科事典内の千種忠顕の言及

【三木一草】より

…後醍醐天皇の建武政権で重用されはぶりのよかった4人の総称。楠木正成名和長年,結城親光,千種(ちぐさ)忠顕のこと。楠木・結城は姓に,名和は伯耆守で官名に〈キ〉がつき,それに千種の〈クサ〉をとって〈三木一草〉としゃれていったもの。…

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