すべて 

菅内村(読み)すがうちむら

日本歴史地名大系 「菅内村」の解説

菅内村
すがうちむら

[現在地名]亀山市菅内町

亀山城の南東阿野田あのだ村の東に続く鈴鹿川南岸の村。小丘陵傾斜部に民家は集まる。古くからの集落地であったらしく、村の西方樺野かばの地区には古墳時代の遺跡がある。式内社と伝える長瀬ながせ神社があることから、「和名抄」に載せる長世ながせ郷のうちという(三国地志)。中世は関谷せきだに二四郷の一に数えられる(九九五集)

近世初期は亀山藩領、元和元年(一六一五)西と南に接する阿野田あのだしもしよう両村が津藩の支配地に編入された後の所属は明らかでないが、寛永一三年(一六三六)亀山藩領として確定した。翌一四年の内検地では田畑合せて六一町余、村高は七七二石余。正租のほか茶桑銭七貫余、藪年貢二貫余、新開林運上銀五六匁余を上納した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

すべて 

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む