菜畑村(読み)なばたむら

日本歴史地名大系 「菜畑村」の解説

菜畑村
なばたむら

[現在地名]生駒市菜畑町・軽井沢(かるいざわ)町・東生駒(ひがしいこま)一―三丁目・東生駒月見(ひがしいこまつきみ)町・東菜畑(ひがしなばた)一―二丁目・中菜畑一―二丁目・西菜畑町・緑(みどり)ヶ丘(おか)の全域、および仲之(なかの)町・西旭(にしあさひ)ヶ丘(おか)・東旭ヶ丘・新旭ヶ丘・門前(もんぜん)町の一部

生駒山東方、竜田(たつた)川沿いに所在。慶長郷帳による村高六一七・七石。竜田藩(片桐且元)領。寛永一六年(一六三九)郡山藩(郭住、本多勝行)領に編入された。延宝七年(一六七九)村高のうち四二六・四一一石は旗本松平信重領となり、郡山藩領の村高は一九二・三七五石となる相給村。

旗本松平氏領菜畑村については安永三年(一七七四)の十一ケ村村鑑(矢野家文書)に、村高四二六・四一一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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