葛西忠隆(読み)かさい ただたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「葛西忠隆」の解説

葛西忠隆 かさい-ただたか

?-? 江戸時代後期の和算家。
陸奥(むつ)弘前(ひろさき)藩(青森県)藩士。江戸の天文家山路金之丞にまなぶ。帰藩後,藩校稽古館の数学士となる。文化7年(1810)刊行会田安明(あいだ-やすあき)の「算法天生法(てんしょうほう)指南」を教科書につかい,最上流和算の普及につとめた。通称は慶次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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