蓼俣村(読み)たてのまたむら

日本歴史地名大系 「蓼俣村」の解説

蓼俣村
たてのまたむら

[現在地名]上宝村蓼之俣たてのまた

高原たかはら川上流左岸にあり、北方対岸は田頃家たごろけ村。元禄飛騨国検地反歩帳によると、高二石余、田二畝余・畑八反余。「飛騨国中案内」では免二割九分三厘六毛、家数三はみな百姓。天明八年(一七八八)村明細帳によると、畑六石余、うち新田高三石余・反別二町五反余、家数三、男六・女六、牛二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む