日本歴史地名大系 「薄倉村」の解説 薄倉村うすぐらむら 茨城県:龍ケ崎市薄倉村[現在地名]龍ケ崎市薄倉町台地上にあり、南は長峰(ながみね)村。元禄郷帳の村高は二八一石余、江戸後期は小田原藩領で(「助郷差村騒動御裁許写」飯島家文書)、幕末は天領二八石余、旗本大久保氏領二一八石余、松平氏領八三石余、上杉氏領五一石余、熊野神社除地八斗余、鹿島神社除地七斗余、徳蔵(とくぞう)寺除地一斗余、延寿(えんじゆ)院除地二斗余(各村旧高簿)。文化元年(一八〇四)に発生した水戸街道牛久(うしく)宿(現稲敷郡牛久町)の助郷一揆に加わり、過料六貫文と同二年から一〇年間六一石の増助郷役を命じられた(助郷差村騒動御裁許写)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報