藤兼村(読み)ふじかねむら

日本歴史地名大系 「藤兼村」の解説

藤兼村
ふじかねむら

[現在地名]君田村藤兼

東入君ひがしいりぎみ村の西、神之瀬かんのせ川の沖積平地に立地。東西に細長い村で、「芸藩通志」に「天文頃までは入君村の内にて、西久田と称せしを後に別村とし、改名すと云」とあり、東西両入君村と一村であった。元和五年(一六一九)の備後国知行帳には、「ふしかね村」として村高三〇八石余とあるが、明暦三年(一六五七)三次藩の行った検地では二八四石余と減じている。

「国郡志下調書出帳」に、村の中心本郷ほんごうは神之瀬川の「井手懸リニ付旱損の憂無御座、仍作方日和ヲ相好」む土地柄とあるが、西方卸子おろしごは「雨池并ニ谷水受ニ付、田方植付之節迚モ雨降リ不申ハ仕付不相成程之事故、兎角不作仕候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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