コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

藤原豊子 ふじわらの ほうし

2件 の用語解説(藤原豊子の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原豊子 ふじわらの-ほうし

?-? 平安時代中期の女官。
藤原道綱の娘。讃岐守(さぬきのかみ)大江清通(きよみち)との間に定経を生む。中宮(ちゅうぐう)彰子につかえ,後一条天皇の乳母をつとめた。典侍,従三位。弁宰相君,美作(みまさかの)三位などとよばれる。紫式部としたしかった。長元9年(1036)出家。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原豊子

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:天元3頃(980)
平安中期の女官。『蜻蛉日記』作者の孫。藤原道綱の娘。従三位典侍。宰相君,美作三位とも。大江清通との間に定経を生む。藤原道長の娘で一条天皇中宮彰子の女房。彰子が敦成親王を出産したとき,彰子の母倫子と御帳のなかで介添えをし,乳母となる。長和5(1016)年,敦成親王が後一条天皇として即位すると従四位下典侍になり,のち従三位に昇叙,女官を統括する。後一条天皇没後,出家。『紫式部日記』には中肉中背でふっくらとした容貌,姿も品も良いとあり,評価の厳しい紫式部にも敬愛されていたらしい。聡明謙虚で,同僚の女房から慕われる有能な女官だった。<参考文献>角田文衛『王朝の明暗』

(服藤早苗)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

藤原豊子の関連キーワード蜻蛉日記土佐日記藤原道綱扶桑集平中物語弁内侍日記命婦薬の女官日記文学『蜻蛉日記』

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone