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中宮 ちゅうぐう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中宮
ちゅうぐう

律令制では,太皇太后宮 (天皇の祖母) ,皇太后 (天皇の母) ,皇后の三宮を中宮といい,平安時代以降には皇后および同資格の天皇の後宮をさした。一条天皇の正暦1 (990) 年藤原遵子 (じゅんし) の中宮を改めて皇后とし,藤原定子 (ていし) を中宮とした。ここに皇后と中宮が並立するようになったが,遵子は本来天皇の父円融天皇の中宮で,このとき皇太后に一条天皇の生母藤原詮子 (せんし) がなっていたため皇太后となれず,中宮と称していた。長保2 (1000) 年藤原道長の娘彰子 (しょうし) が中宮となり,定子が皇后となるに及んで,一帝に二后の立つ例が始った。このときから二后並立はときどき行われ,中宮が優勢であることが多かった。

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デジタル大辞泉の解説

ちゅう‐ぐう【中宮】

禁中内裏のこと。
皇后の御所。転じて皇后別称
皇后・皇太后・太皇太后の三后のこと。
平安中期以後、皇后以外で、皇后とほぼ同格の后(きさき)のこと。
一つの神社で複数の社があるとき、中ほどの位置に建てられた社。→上宮(じょうぐう)下宮(げぐう)

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百科事典マイペディアの解説

中宮【ちゅうぐう】

天皇の后(きさき)。律令制では皇后・皇太后・太皇太后の居所をさし,転じてその総称となった。中務(なかつかさ)省中宮職(しき)に事務を担当させた。平安初期までは皇后の別称だったが,藤原道長がその娘を皇后とは別に中宮としてから,皇后以外の后の称となった。
→関連項目郁芳門院後一条天皇皇嘉門院待賢門院高倉天皇東福門院中山忠親女御藤壺

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうぐう【中宮】

平安時代の令の注釈書《令義解》は皇后の居所である皇后宮の別称であるとし,したがって太皇太后宮,皇太后宮もまた中宮と称したのだとする。このことから中宮は皇后,皇太后,太皇太后の別称ともみられるが,公式令では皇后などが平出(へいしゆつ)すべき称であるのに対して,中宮は闕字(けつじ)すべき称であり,それだけ略称的な呼称であったかもしれない。《続日本紀》では中宮を個人と居所との両様につかっており,前者には藤原宮子,高野新笠当麻山背等が相当する。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうぐう【中宮】

皇后・皇太后・太皇太后の三宮の総称。なかのみや。
平安中期以降、皇后より後から入内じゆだいした、天皇の妃。身分は皇后と同じ。
皇后、また皇后御所の別名。
一つの神社の複数の社殿が異なる高さの土地に設けられているとき、中ほどに建てられている社殿。 → 上宮じようぐう下宮げぐう

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中宮
ちゅうぐう

皇后の居所の称。転じて皇后の別称となる。令(りょう)制では太皇太后宮、皇太后宮を加えた三后の称ともされたが、聖武(しょうむ)天皇の生母藤原宮子(みやこ)が皇太夫人としてとくに中宮職(しき)を付置され、中宮とよばれてからは、奈良時代、平安前期を通じて、もっぱら皇太夫人の称となった。しかし皇太夫人は醍醐(だいご)天皇の養母藤原温子(おんし)を最後として絶え、同天皇の皇后藤原穏子(おんし)には、令制どおり、太皇太后で崩ずるまで一貫して中宮職が奉事し、中宮ともよばれた。ついで一条(いちじょう)朝(986~1011)に二皇后併立の例が開かれるに及び、それぞれ皇后宮職と中宮職が付置され、皇后宮(略して皇后)、中宮と称して区別されたが、明治以後、中宮職の廃止とともに、中宮の称も廃絶した。[橋本義彦]

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世界大百科事典内の中宮の言及

【数】より

…中国人は地上における空間分割をまた天に投影して天を区分したのである。前2世紀ころの漢代では,天は北極を中心に,そこからの距離が36度の圏内にある決して沈まない星座を中官(ないしは中宮),その外側を囲み季節によって見え隠れする星座を外官(外宮)とし,外官をさらに四分割するのである。《史記》の東宮,南宮,西宮,北宮,のちの東方宿,南方宿,西方宿,北方宿がそれである。…

【中宮職】より

…令制官司の一つ。中務省に所属し,中宮の伝達命令の執行機関として設置された。皇后宮職の例からみて,中宮の家政的な実務も執行した可能性がある。…

【湯沐】より

…古代,皇太子および中宮に対する資養のために諸国におかれた経済制度。令制では臣下に対する封戸(ふこ)と同様のものらしく,《延喜式》では〈東宮湯沐二千戸〉とみえ,令制では〈中宮湯沐二千戸〉がみえる。…

※「中宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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