蠅田村(読み)はいだむら

日本歴史地名大系 「蠅田村」の解説

蠅田村
はいだむら

[現在地名]久居市稲葉いなば上稲葉かみいなば

多野田たのだ村の北西に隣接し、長野ながの川の右岸に位置する。室町時代は長野氏領に属していたという(久居市史)が、徴証はない。江戸時代には初め津藩領となり、寛文九年(一六六九)以後は久居藩領となった。「宗国史」によれば、寛延年間(一七四八―五一)の戸数一七五、ほかに郷士四、人口七八八、馬二、牛三五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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