袴形村(読み)はかまがたむら

日本歴史地名大系 「袴形村」の解説

袴形村
はかまがたむら

[現在地名]大森町袴形

雄物川の西岸にあり、北は板井田(いたいだ)村、南は十日町(とおかまち)村に接する。

板井田村から分村した新田村で「雪の出羽路」は正保四年(一六四七)とする。享保一四年(一七二九)の平鹿郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)には「元禄・袴形村 但新田出 其外諸帳不出」とある。地名の由来は、猿田(さるた)村の鉢位(はちい)山へ「白キ麻袴を着て」登る参詣者たちを袴衆・袴方とよんだことに始まるという(雪の出羽路)。

宝永二年(一七〇五)の高八五六石余のすべてが新田高で、本村一帯に差紙をもつ佐竹山城(東家)の開発によって新田村として成立した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 石鏃 越前

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む