西八代郡(読み)にしやつしろぐん

日本歴史地名大系 「西八代郡」の解説

西八代郡
にしやつしろぐん

面積:二九二・四〇平方キロ(境界未定)
三珠(みたま)町・市川大門(いちかわだいもん)町・六郷(ろくごう)町・下部(しもべ)町・上九一色(かみくいしき)村

県の南部に位置し、東は南都留(みなみつる)郡鳴沢(なるさわ)村・足和田(あしわだ)村、東八代郡芦川(あしがわ)村、北は同郡中道(なかみち)町・豊富(とよとみ)村および中巨摩郡田富(たとみ)町・甲西(こうさい)町、西は南巨摩郡増穂(ますほ)町・鰍沢(かじかざわ)町・中富(なかとみ)町・身延(みのぶ)町、南は静岡県富士宮市に接する。東部から中央部は御坂(みさか)山地西部と天子(てんし)山地北部の山岳部と低山性山地および富士山麓の山地・原野、北端部から西部にかけては笛吹川・富士川左岸で甲府盆地南端の沖積地である。

明治一一年(一八七八)郡区町村編制法により八代郡が分割されて西八代郡が成立。当時の村数三五、戸数七千三二七・人員三万四千七三三、面積一万五千一五〇町二反余、郡役所は市川大門村の旧市川代官所に置かれた(「郡画並役所位置」山梨県史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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