西南村(読み)にしなんむら

日本歴史地名大系 「西南村」の解説

西南村
にしなんむら

[現在地名]加西市北条町西南ほうじようちようにしなん

東南村の西、下里しもさと川右岸に位置する。永正一二年(一五一五)九月二日の東南院門跡領当知行目録(東大寺文書)に播磨国の所領として剣坂けんざか庄などとともに村がみえる。これらの奈良東大寺東南とうなん院領は栂尾殿義仁親王から東南院宮観覚親王に伝領されたものと考えられる。この南村は当地に比定される。東南は南村が分村したものではなく、南村の東にある村落を意味する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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