西安上谷村(読み)にしあんじようだにむら

日本歴史地名大系 「西安上谷村」の解説

西安上谷村
にしあんじようだにむら

[現在地名]岩出町西安上(にしあんじよう)

原(はら)村の東南に広がる。村の南部を淡島街道が通る。東は奥安上谷(おくあんじようだに)村。慶長検地高目録によれば村高二五一石余、小物成三斗七升三合。山崎組に属し、正徳元年(一七一一)の山崎組定免所指出帳(増田家蔵)によると田一三町八反余で高二四五石余、畑一町一反余で高二石余。家数一九で内訳は庄屋・肝煎各一、本役九、半役四、無役四、人数一三六(男七六・女六〇)、牛一〇、牝馬三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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