西対海地新田(読み)にしたいがんじしんでん

日本歴史地名大系 「西対海地新田」の解説

西対海地新田
にしたいがんじしんでん

[現在地名]木曾岬村西対海地

見入けんにゆう川埋立地の西にあり、北に外平喜そとびらき新田、西に近江島おうみじま新田、東に小林こばやし新田、南に田代たしろ新田がある。承応三年(一六五四)近江島新田と同じ頃富田彦兵衛が開発した(木曾岬村史)。宝暦四年(一七五四)三月一五日から九月二四日まで木曾三川治水工事の薩摩藩平田靫負らがこの村の清太夫方を出張小屋としてこの付近一帯の工事に従事した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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