西尾彦朗(読み)ニシオ ヒコロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「西尾彦朗」の解説

西尾 彦朗
ニシオ ヒコロウ


肩書
元・中津川市長

生年月日
明治32年

出身地
岐阜県中津川市

学歴
岐阜県師範〔大正3年〕卒

経歴
恵那郡蛭川小校長、岐阜県教育委員長、中津川市教育長を経て、昭和38年4月から中津川市議を一期務めた。43年5月、中津川市長に当選二期務めた。

没年月日
昭和61年2月5日

家族
長男=西尾 武喜(名古屋市長)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

関連語 学歴

20世紀日本人名事典 「西尾彦朗」の解説

西尾 彦朗
ニシオ ヒコロウ

昭和期の教育者 元中津川市長。



生年
明治32(1899)年

没年
昭和61(1986)年2月5日

出身地
岐阜県中津川市

学歴〔年〕
岐阜県師範〔大正3年〕卒

経歴
恵那郡蛭川小校長、岐阜県教育委員長、中津川市教育長を経て、昭和38年4月から中津川市議を一期務めた。43年5月、中津川市長に当選、二期務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「西尾彦朗」の解説

西尾彦朗 にしお-ひころう

1898-1986 昭和時代の教育者。
明治31年5月30日生まれ。昭和6年岐阜県蛭川(ひるかわ)村の蛭川小学校長となり,教育によって村の振興をめざす「興村教育」をすすめる。県教育委員長,中津川市教育長をへて,38年中津川市長となった。昭和61年2月5日死去。87歳。岐阜県出身。岐阜師範卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む