西淡町(読み)せいだんちよう

日本歴史地名大系 「西淡町」の解説

西淡町
せいだんちよう

面積:五五・九七平方キロ

三原郡の南西端、西は播磨灘に面し約二〇キロの海岸線と五つの港をもつ。西淡丘陵地帯が町域の大半を占め、南は南淡(なんだん)町、東は三原町、北は緑(みどり)町と津名(つな)郡五色(ごしき)町に接する。三原平野を流れる三原川水系の水はすべて湊(みなと)・松帆古津路(まつほこつろ)に集まり播磨灘に注ぐ。江戸時代には三原郡に属し、慶長二〇年(一六一五)以降は全域が阿波徳島藩領。明暦二年(一六五六)に湊里(みなとさと)・古津路・櫟田(いちだ)・夙(しゆく)・北方(きたがた)・塩浜(しおはま)・高屋(たかや)・脇田(わきだ)・鑪(たたら)・片田北(かただきた)・片田南・飯山寺(はんさんじ)・戒旦寺(かいだんじ)・志知北(しちきた)の一四村と志知川(しちがわ)浦・西路(にしじ)浦・江尻(えじり)浦は藩の留野(禁猟区)に指定され、幕末まで留野であった(胞州誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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