日本の考古学では,記録のまったくない先史時代,神話・伝説や他国の記録,あるいは金石文のような断片的な記録しかない原史時代,同時代の記録をもつ歴史時代という区分がされている。歴史時代を遺跡・遺物によって研究する方法を歴史考古学と呼び,日本の歴史考古学は7世紀(飛鳥時代)以降を対象とする。ヨーロッパではarchaeologyといえば,本来古典時代,すなわちギリシア・ローマ時代の研究をする学問,すなわち古典考古学を意味し,さらには歴史時代の考古学的研究全般に解されており,prehistory(先史時代)と明確に区別している。その点でアメリカでのarchaeologyの語が人類学の補助学としての考古学とする考え(日本もこれと同じ)とニュアンスが異なっている。なお産業革命以降の,主として産業遺跡を対象とする分野を産業考古学という。
歴史考古学の特色は同時代の文献記録のあることであるが,文献記録は当時の人がなんらかの意志を他人に伝えるために記述したもので,必ず筆者の主観が入っている。とくにすべての歴史書は本来目的をもって史料を取捨選択して編纂されたものであり,さらに書かれた時点で日常茶飯事とされていることはまったく記録されていない。ところが時代が移り変わると,その時点での日常的なことがまったくわからなくなることが多い。この点で遺跡・遺物を研究対象とする考古学的研究法は,文献記録とは逆に,日常の生活に結びついた住居や工房,道具や器については豊富な資料を提供するが,その場所やそれを用いた特殊な行動(歴史的事件)をそれからうかがい知ることは困難だという欠点をもっている。しかし,記録のまったく欠けた先史時代の考古学と比べ,記録によって遺跡・遺物の解釈がより正確にできることも大きな特色である。考古学的研究と文献史その他の研究があいまって,より正しい歴史的理解ができるものといえる。
歴史時代遺跡から文献記録が発掘によって入手できることもいま一つの特色といえる。一般に乾燥地帯では,湿潤地帯で土中に埋もれれば腐って残らない木製品,繊維製品,皮革製品などがよく残っていることは,エジプト,中国西域地方の出土品からよく知られているところである。また凍土地帯や泥炭層遺跡でもこれらのものがよく残っていることが知られていたが,日本や中国江南地方のような湿潤地帯でも,地表から酸素の供給されない深さに埋まったものが変形しないで検出される例が増えてきた。日本や中国の木簡,帛書などがそれで,多くの文献記録が土中から得られる可能性がでてきたことは,東アジアの歴史考古学の前途に大きな期待を抱かせるものである。さらに肉眼で判読できない漆紙文書などを,赤外線カメラを用いて解読できるようになるなど,科学的手段の発達により新たな史料が加えられるようになり,今後の新史料発見が期待できる。
執筆者:坪井 清足
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歴史を同時代的文献の有無によって先史時代と歴史時代に二分した場合、歴史時代の遺物・遺跡を研究対象とする考古学をいう。これには、古典古代、中世、産業革命時代を対象とする古典考古学、中世考古学、産業考古学などの別がある。研究に際しては、文献学、建築史学その他の諸学との学際的協力が不可欠である。歴史考古学のうちでもっとも伝統のあるのは、古代ギリシア・ローマ文化にかかわる西方古典考古学であるが、中国、エジプト、オリエントの歴史考古学的な研究調査も目覚ましい成果をあげている。日本のそれは、第二次世界大戦後とくに活発となっている。しかし歴史考古学の基本に関しては問題がある。たとえば、歴史を文献の有無によって先史時代と歴史時代に分けること、遺物を対象とする考古学が文献の有無による時代区分を採用することなどは検討を要する。
[角田文衛]
『坂詰秀一・森郁夫編『日本歴史考古学を学ぶ』3巻(1986・有斐閣)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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