西革堂町(読み)にしこうどうちよう

日本歴史地名大系 「西革堂町」の解説

西革堂町
にしこうどうちよう

中京区新椹木町通竹屋町上ル

新椹木町しんさわらぎちよう通を挟む両側町

近世、宝永五年(一七〇八)大火まで、寂光寺妙伝寺境内であった(元禄四年京大絵図)町名は、正徳五年(一七一五)刊「都すゞめ案内者」の絵図に「西かうたう丁」と記される。宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」・天保二年(一八三一)改正京町絵図細見大成では、新椹木町御霊図子しんさわらぎちようごりようずし下ルところ(当町北半)は「東土御門丁」、新竹屋町しんたけやまち下ル(当町南半)が「西革堂町」となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む