西麻生村(読み)にしあそうむら

日本歴史地名大系 「西麻生村」の解説

西麻生村
にしあそうむら

[現在地名]北会津村麻島あさしま

鶴沼つるぬま川右岸に近く、北東は東麻生村、南西大島おおしま村。本村南南東三町三〇間に端村古屋敷ふるやしき、本村西五町三〇間に端村新田がある。本村はもと古屋敷の地にあったが、のち家居を分けて旧地を古屋敷と名付けて端村とした。また中荒井組に同じ村名があるため西の字を加えたという(新編会津風土記)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高三九九石余。橋爪組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高七二四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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