観心寺文書(読み)かんしんじもんじょ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「観心寺文書」の意味・わかりやすい解説

観心寺文書
かんしんじもんじょ

大阪府河内長野(かわちながの)市の観心寺の所蔵文書。点数は約750余点、時代は平安時代から江戸時代にわたる。そのうち約90%弱が南北朝時代から安土(あづち)桃山時代に集中し、日本中世史の基本史料となっている。内容は、綸旨(りんじ)、国宣(こくせん)、公武御教書(みぎょうしょ)、守護安堵(しゅごあんど)状、集会評定事書(しゅうえひょうじょうことがき)、寄進状、田地売券(ばいけん)など。南朝ゆかりの寺院のため後醍醐(ごだいご)天皇をはじめ南朝歴代天皇の綸旨や楠木正成(くすのきまさしげ)・正行(まさつら)の自筆書状がある。『大日本古文書 家わけ6 観心寺文書』『河内長野市史 史料編』所収。

[大石雅章]

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