滋賀県中央部、蒲生郡(がもうぐん)にあった旧町名(安土町(ちょう))。現在は近江八幡(おうみはちまん)市の東部を占める地域。1954年(昭和29)安土村と老蘇(おいそ)村が合併して町制施行。2010年(平成22)近江八幡市に合併した。旧町名は安土城下町に由来する。琵琶(びわ)湖の内湖であった大中之湖(だいなかのこ)干拓地から南へ延びる細長い町域で、繖(きぬがさ)山(観音寺山)の山稜(さんりょう)線によって東近江(おうみ)市と分けられる。この山から北西に続く丘陵地が安土山で、湖東平野を二分するこの丘陵は、気候面でも南北の境界線となっている。JR東海道本線(琵琶湖線)安土駅が地域のほぼ中心部にあり、南部を国道8号が走る。縄文時代から鎌倉時代にかけての大集落遺跡である大中の湖南遺跡をはじめとして、安土城跡(特別史跡)、瓢箪山(ひょうたんやま)古墳、老蘇森、観音寺城跡などの国指定史跡に富み、1971年には歴史公園である「近江風土記(ふどき)の丘」が開設され、そのなかに1992年(平成4)県立安土城考古博物館が開館した。西国三十三所32番札所の観音正寺(かんのんしょうじ)、クワの実を植え養蚕を始めたと伝える桑実寺(くわのみでら)、織田信長建立の摠見(そうけん)寺、聖徳太子建立と伝えられる浄厳院(じょうごんいん)などの古社寺も多い。米作中心の農業地帯で、肉用牛(近江大中牛)の生産も行われている。かつては養蚕や漁業も盛んであった。大中に、県立農業大学校がある。特色的な産業では湖岸のヨシ栽培と淡水真珠養殖がある。北西部に残る西の湖一帯は、日本でも有数の水郷地帯。1956年の東海道本線の電化で京都への所要時間が大幅に短縮、京阪神大都市圏内に含まれ、住宅地化が活発である。
[高橋誠一]
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…浅井氏旧領を継いだ木下(豊臣)秀吉は今浜に築城,長浜と改めた。76年,信長は湖東の安土に築城し岐阜より移った。山頂に五層七重の天守閣を築き,山麓に諸将の邸宅を配し,城下を楽市として諸国往還の商人を集め,またセミナリヨ(学校)を建て南蛮文化を導入した。…
…湖東平野にあり,北は琵琶湖に面する。1585年(天正13)豊臣秀吉により近江20万石を与えられた甥の秀次は,標高283m余の八幡山に築城,山麓に安土の城下町を移し,また諸役免除等の内容を有す八幡山下町掟書(はちまんさんげまちおきてがき)13ヵ条を発し,城下町経営を進めた。90年秀次は岐阜竹ヶ鼻に転封,京極高次が2万8000石をもって八幡城主に封じられたが,95年(文禄4)秀次の自刃により,縁故のあった八幡城は廃城となり,高次も大津へ移った。…
※「安土」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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