訓郷(読み)くるべきごう

日本歴史地名大系 「訓郷」の解説


くるべきごう

和名抄」高山寺本・東急本ともに「訓」とあり、前者は「久流閇岐」、後者は「久留倍木」と訓を付す。「芸藩通志」は「村名に残れり」とし、来女木くるめぎ(現高田郡高宮町)を遺名とする。「日本地理志料」は「和銅五年紀、令安芸国始織綾錦、当時織部所居故以紡織具其地邪」とし、「厳島社嘉応三年券、山方郡壬生荘北限春木谷及狐郷界、狐訓字体相似而誤」と記す。そして来女木・羽佐竹はさたけ(現高宮町)横田よこたきた(現高田郡美土里町)の諸邑をあてる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む