詰め碁(読み)つめご

日本大百科全書(ニッポニカ) 「詰め碁」の意味・わかりやすい解説

詰め碁
つめご

碁における死活、または攻め合いを作図し、死活をテストする局部的な問題を扱った作品をいう。碁の歴史は3000年といわれているが、詰め碁も碁が始まったと同時に扱われたものと考えられる。しかし、詰め碁の本として、詰め碁だけを限定して扱ったものが形になって現れたのは、中国の元代至正7年(1347)に安天章(あんてんしょう)、厳徳甫(げんとくほ)の両人によって書かれた『玄玄碁経(げんげんごきょう)』が最初である。同書は囲碁戦術とみられるもののほかに、定勢(定石)、対局(打碁)、聚碁(じゅご)(中手)、珍瓏(ちんろう)(詰め碁)の部からなっていた。日本のものとしては、古くは『発陽論』(3世井上因碩(いんせき)著)、『碁経衆妙(ごきょうしゅうみょう)』(林元美(げんび)著)、『玄覧(げんらん)』(赤星因徹(いんてつ)著)などがある。

 詰め方の基本としては、相手の急所に石を置いて殺す、あるいは生きるということと、相手のふところを狭めて殺す、あるいはふところを広げて生きるということである。

[河野直達]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む