古流柔術(和術)の一つで、南部(なんぶ)盛岡藩の御留(おとめ)流として、小具足(こぐそく)・立合(たちあい)の表稽古(おもてげいこ)から甲冑歩立組討(かっちゅうかちだちくみうち)秘伝に至る、打(うち)・取(とり)あわせて958手に及ぶ手数(てかず)と、肘(ひじ)・足(あし)の当てを含む猛稽古で有名であった。盛岡藩伝の初代岡武兵衛庸重(おかぶへえつねしげ)は、江戸へ出て諸流を学び、さらに真(しん)の当(あ)てを求めて、鎌倉の石田辰之進定政(いしだたつのしんさだまさ)の門に入り、刻苦研鑽(けんさん)のすえ、諸賞流の免許を得て寛龍軒(かんりゅうけん)と号し、帰国後再出仕してこれを子弟に教授したという。
[渡邉一郎]
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...