古流柔術(和術)の一つで、南部(なんぶ)盛岡藩の御留(おとめ)流として、小具足(こぐそく)・立合(たちあい)の表稽古(おもてげいこ)から甲冑歩立組討(かっちゅうかちだちくみうち)秘伝に至る、打(うち)・取(とり)あわせて958手に及ぶ手数(てかず)と、肘(ひじ)・足(あし)の当てを含む猛稽古で有名であった。盛岡藩伝の初代岡武兵衛庸重(おかぶへえつねしげ)は、江戸へ出て諸流を学び、さらに真(しん)の当(あ)てを求めて、鎌倉の石田辰之進定政(いしだたつのしんさだまさ)の門に入り、刻苦研鑽(けんさん)のすえ、諸賞流の免許を得て寛龍軒(かんりゅうけん)と号し、帰国後再出仕してこれを子弟に教授したという。
[渡邉一郎]
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...