古流柔術(和術)の一つで、南部(なんぶ)盛岡藩の御留(おとめ)流として、小具足(こぐそく)・立合(たちあい)の表稽古(おもてげいこ)から甲冑歩立組討(かっちゅうかちだちくみうち)秘伝に至る、打(うち)・取(とり)あわせて958手に及ぶ手数(てかず)と、肘(ひじ)・足(あし)の当てを含む猛稽古で有名であった。盛岡藩伝の初代岡武兵衛庸重(おかぶへえつねしげ)は、江戸へ出て諸流を学び、さらに真(しん)の当(あ)てを求めて、鎌倉の石田辰之進定政(いしだたつのしんさだまさ)の門に入り、刻苦研鑽(けんさん)のすえ、諸賞流の免許を得て寛龍軒(かんりゅうけん)と号し、帰国後再出仕してこれを子弟に教授したという。
[渡邉一郎]
ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...