豊四季村(読み)とよしきむら

日本歴史地名大系 「豊四季村」の解説

豊四季村
とよしきむら

[現在地名]柏市豊四季・豊上町(とよがみちよう)・豊平町(とよひらちよう)・豊町(ゆたかちよう)一―二丁目・吉野沢(よしのざわ)・新富町(しんとみちよう)一―二丁目・南柏(みなみかしわ)一―二丁目・明原(あけはら)一―四丁目・向原町(むかいはらちよう)・末広町(すえひろちよう)・かやの町(かやのちよう)・豊四季台(とよしきだい)一―四丁目・旭町(あさひちよう)一―八丁目・常盤台(ときわだい)・ひばりが丘(ひばりがおか)・緑(みどり)ヶ丘(おか)・富里(とみさと)一―三丁目・若葉町(わかばちよう)・泉町(いずみちよう)・中央町(ちゆうおうちよう)・中央(ちゆうおう)一―二丁目・あかね町(あかねちよう)・千代田(ちよだ)二丁目・柏一―三丁目・日立台(ひたちだい)一―二丁目

篠籠田(しこだ)村の南にあり、明治時代に旧小金(こがね)五牧の一、上野(かみの)牧の開墾によって成立した村。明治新政府は江戸窮民授産の名目で小金牧・佐倉牧の開発を計画、開墾会社を設立して開発に当たらせた。当地への入植が始まったのは明治二年(一八六九)一一月からで、地名の由来は両牧全体での入植順が四番目であったことによる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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