赤坂丹後町(読み)あかさかたんごちよう

日本歴史地名大系 「赤坂丹後町」の解説

赤坂丹後町
あかさかたんごちよう

[現在地名]港区赤坂四丁目

明治五年(一八七二)成立の町。江戸時代の矢倉沢(やぐらさわ)往還(現青山通・国道二四六号)の南側で赤坂台地からの支谷に南面する傾斜地にある。東と南は赤坂一ッ木(あかさかひとつぎ)町、西は同台(だい)町・同表(おもて)三丁目、北は往還を隔てて同表二―三丁目。元来武家地がほとんどの町域で、正保(一六四四―四八)頃には尾張藩徳川光友夫人千代姫の別邸、竹腰・妻木・諏訪・三枝の邸地、青山御掃除(あおやまおそうじ)町飛地がみられ、元禄年中(一六八八―一七〇四)には千代姫邸が上地されて黒鍬組屋敷などができている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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