赤坂福吉町(読み)あかさかふくよしちよう

日本歴史地名大系 「赤坂福吉町」の解説

赤坂福吉町
あかさかふくよしちよう

[現在地名]港区赤坂二丁目

宮城の南南西で、溜池の谷地に臨む赤坂台地南東端に明治五年(一八七二)設定された町。北東が赤坂田(あかさかた)町六―七丁目、南東が同榎坂(えのきざか)町、南西が麻布谷(あざぶたに)町・同今井(いまい)町・赤坂氷川(あかさかひかわ)町、北が赤坂新町三丁目・同田町五丁目。町域は正保元年(一六四四)の江戸図ですでに筑前福岡藩松平(黒田)家屋敷・肥後人吉藩相良家屋敷・伊勢菰野藩土方家屋敷になっており、外堀に接する江戸時代早期からの大名邸地と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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