赤林村(読み)あかばやしむら

日本歴史地名大系 「赤林村」の解説

赤林村
あかばやしむら

[現在地名]矢巾町赤林

南は上矢次かみやつぎ村・下矢次村、東から北は西見前にしみるまえ村・永井ながい村・羽場はば(現都南村)、西は広宮沢ひろみやさわ村。正保国絵図に村名がみえ、高一九九石余。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付では蔵入高七四三石余、七ヵ年平均の免三ツ五分九厘一毛。元禄十郡郷帳による〆高は田方八一六石余・畑方一五四石余。「邦内郷村志」では蔵分七八一石余・給分一七〇石余、家数七七、馬八三。享和三年(一八〇三)の仮名付帳では家数六三、枝村の釜淵かまふち一〇・大渡野おおわたりの二・上浅子かみあさご二一・銅屋どうや四・川久保かわくぼ七・前郷まえご一〇・林崎はやしさき九、ほか「邦内郷村志」に羽場・南屋敷みなみやしきがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む