超昇寺城跡(読み)ちようしようじじようあと

日本歴史地名大系 「超昇寺城跡」の解説

超昇寺城跡
ちようしようじじようあと

[現在地名]奈良市佐紀町字古所

佐紀丘陵西南端、標高八二メートルの台地先端、背後に日葉酢媛命陵がある。郭・土塁などの遺構が認められる。一乗院方の国民超昇寺氏の城塁で、「国民郷士記」には「超昇寺平城超昇寺左近良祐」とある。越智氏と争った筒井氏方に属したが、「大乗院雑事記」長禄三年(一四五九)三月二八日条に「夜前自相楽新方、琵琶小路之所ヘ押寄テ、琵琶小路ヲ打了、則超昇寺ニ引籠、越智在南之時分タル間、超昇寺ヘ押寄テ相楽新并木津執行之弟二人腹切了、超昇寺之城放火了、今日午剋退陣」とあり、越智方の相楽新氏・琵琶小路氏と戦って敗れている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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