越橋村
こえばしむら
[現在地名]酒田市保岡
荒田目村の南にある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高二五四石余と四〇石余で計二九五石余。寛永元年庄内高辻帳の高三六六石余。正保郷帳では田方三三三石余・畑方三三石余(合計三六九石余とあり数値あわず)。貞享四年(一六八七)には草刈地の鷹尾山山札二五枚を所有し、米五斗を納めている(「鷹尾山新古留帳」相馬文書)。享和三年(一八〇三)の家数三〇・人数一六三(「村数家数人高控帳」斎藤文書)。当村の新田は東から西に向かって開発された。寛文一三年(一六七三)柳橋と高田が高三七石余、延宝八年(一六八〇)沼ぞえ一〇石余、元禄六年(一六九三)百野四石余、同八年前田・後苗代・上餅田・草田四石余、宝永三年(一七〇六)大谷地・岡谷地・通はた・北谷地一四石余、寛延二年(一七四九)志めつが・才の神・上越はしなど三石余、宝暦一二年(一七六二)西出はり・そふ田・酒田道など一一石余が開かれ、検地された(「検地帳」越橋区有文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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