コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

身狭青 むさの あお

2件 の用語解説(身狭青の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

身狭青 むさの-あお

日本書紀」にみえる官吏。
倭漢(東漢)(やまとのあや)氏配下の渡来系の人。姓(かばね)は村主(すぐり)。史部(書記官)をつとめ,檜隈民使博徳(ひのくまのたみのつかい-はかとこ)とともに雄略天皇に寵愛(ちょうあい)された。雄略天皇8年と12年,博徳とともに呉(くれ)(中国)に派遣された。氏(うじ)は牟佐ともかく。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

身狭青

生年:生没年不詳
5世紀後半の外交使節『日本書紀』によれば雄略天皇の寵臣。雄略8(464)年,さらに12年に檜隈民使博徳と呉に使者として渡る。帰国に際し,呉の漢織,呉織,衣縫などの技術者を招来する。青は渡来氏族の身狭氏の出自であり,職掌は史部(朝廷の書記官)であった。その史部としての知識,技能を認められ外交面での活躍の場を与えられたと考えられる。

(関和彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

身狭青の関連キーワード随員特命全権大使外交使節遣新羅使綾糟葛城広子漆部兄宅部皇子常置外交使節臨時外交使節

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone