日本歴史地名大系 「車内村」の解説 車内村くるまうちむら 鹿児島県:川内市車内村現田海(たうみ)町今村(いまむら)の小字車内に比定される。久安三年(一一四七)二月九日の薩摩入来院弁済使別当伴信房解状(入来院文書)に「車内」とみえ、山田(やまだ)村とともに入来院弁済使別当伴信房が地頭に任ぜられたが、このとき車内は目代の支配下にあり信房の力が及ばなかった。建長四年(一二五二)六月三〇日の関東下知状案(同文書)によれば、高城(たき)郡吉枝(よしえだ)名地頭渋谷六郎太郎重秀(高城氏)と島津庄雑掌左近将監資通・前名主弥伴太師永との吉枝名下地をめぐる相論の際、東郷左衛門尉(実名不明)の知行する「車内地頭所」も吉枝名のうちであったとされている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報