車地蔵(読み)くるまじぞう

日本歴史地名大系 「車地蔵」の解説

車地蔵
くるまじぞう

[現在地名]仙台市車町(くるままち)

東七番(ひがししちばん)丁北続きの短い街路で、明治一三年(一八八〇)の仙台区全図では大町(おおまち)通続き二十人(にじゆうにん)町の通り以北から花京院(かきよういん)通と連結する辺りまで車町とある。なお小田原北一番丁(おだわらきたいちばんちよう)通から当町まで小田原車通と称した。「仙台萩」によれば、昔車地蔵があった故の名といい、少し店があった。また新寺(しんてら)小路の曹洞宗東秀(とうしゆう)院はもと当地にあり、移転の際車地蔵尊も移ったという(封内風土記)。安政仙府絵図では侍屋敷・職人屋敷があり、元寺(もとてら)小路角には一部町屋と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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