改訂新版 世界大百科事典 「農と暦」の意味・わかりやすい解説
農と暦 (のうとこよみ)
Erga kai Hēmerai
前700年ころのギリシアの詩人ヘシオドスの作品。《労働と日々》《仕事と日々》《労働と暦日》などの訳題もある。詩型・措辞はホメロス叙事詩に酷似するが,内容は,人間が現実社会において踏み行うべき正義の道を,神話からのたとえ話や格言集をまじえつつ,農事暦の形を用いて語る教訓詩828行からなっている。作者は怠け者の弟ペルセスに対して,奪いあうことよりも分かちあうことの価値を,権力やよこしまな利得心に支配される獣同様の争いよりも法と正義を認めあう人間社会の秩序を貴ぶべきことをさとし,天地自然の法に従いそれとの一体調和によって成り立つ農の営みこそ,人間が真の幸福に至る道であると告げている。古代ギリシアの倫理思想の不抜の礎と評価されるとともに,作品中には詩人自身の貧しい故郷アスクラ村や生い立ちについて具体的に語る言葉もあり,ヘシオドスの人間的輪郭をとどめる貴重な作である。B.フランクリンの《格言集》のはるけき先駆ともいえる。
執筆者:久保 正彰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報